昨夜NHKのニュースで
3・11大震災生還した19歳のお嬢さんが追悼文を読んでいました。
淡々とした口調でしたが でもその内容は壮絶なものでした。
津波に吞み込まれ、、流されて
かろうじてどこかに引っ掛かって助かって 自分を呼ぶ声に下を見たら
お母さんが釘や木に刺さりながら瓦礫の下敷きになっていた。。
一所懸命どかそうとしてもとても一人の力では出来ない事だと悟り
(水はまた迫って来て。。)その場にいたら自分も助からないと思って
「ごめんね。大好きだよ。」とお母さんに声を掛けて
そして、、
泳いでその場を離れて小高い丘に避難して、、そして助かった_という事でした。
お母さんは
「行かないで。。」と言ったけれども_と続いている追悼文でした。
............................... 何とも言えない気持ちになりました。
私は思わず
「なんて酷い母親なんだろう。
あなたは早く逃げなさい。あなただけは助かってと言うべきでしょ!」
夫と観ていたニュースでしたから 夫は
「確かにそうだろうけど、、極限状態ではこういう反応も理解してやらなければ。。」
私は____
「だって、、娘は
母親の助けて行かないでの言葉を振り切って..それで自分だけ助かったと苦しむわけでしょ。
一生そんな重荷を娘に背負わせるなんて、、とんでもない母親だと思うわ。。」
お嬢さんの追悼文での出来事___それはあの時のその場での出来事で
お母さんと彼女しか知らないやりとりだったのですよね。
言わなければ誰も知らない事だったのに
敢えて話したお嬢さん。
(一部の心ない人から
母親を見捨てたと言われるかも知れないリスクを冒してでも披露したエピソード)
これが、、、
彼女が自分に課した
罰なのかも知れないな、、とぼんやり考えてしまいました。
そんな必要ないのに!、、と 忘れられない悲しみを抱えた人間の歳月を考えてしまいました。
___この19歳のお嬢さんの過ごして来られたこの4年。
まだ15歳だった時のこんな究極の体験。と、、その後の思い出との闘い。
15歳からのこの歳月・・
私ごときが言葉にする事など出来ない。想像できない重みだっただろうな、、と
ただただそれだけを感じていました。
でも
ニュースが終わって、、
勢いで書きながらまたまたいろ~んな事を考えていました。。
(ここまで昨日書いたのですよ。書かずにはいられなかった。)
書きながら何を考えたかと言うと、、、、
確かに惨(むご)いものを子供に残したお母さんだとは思う!
(この気持ちは変わらないけど)でも、、
その方が却って良かったのかも知れないと思えもしたからです。
「助けて。。行かないで。」と言った母親
ある意味自分が助かりたいがために子供の方に犠牲を強いたその姿勢・・・
なんと酷いものを子供に残してしまった母親なんだろう。。___の母親の方が
..................... 子供の心は少しは軽くなるのかもとも思えました。
伯父と伯母は私を我が子のように可愛がってくれた、、にも関わらず
私の人生に自分達が邪魔になってはいけない。。___
これが一番の伯父伯母の望みでいつもこれを全面に押し出していました。
伯父は____
「愛する対象があって、、僕等夫婦の人生がとても豊かになった。
働く事も目標があってこそだった。それだけで充分だった。ありがとう。」
でも
こんな物分かりの良いこんな愛情に満ちた対応はこれは却って
より強い足枷になるのですよ。
(伯父伯母を捨てようと思っていたのではないのですが)捨てないで。。と言われたら捨てられるのに
私はいい。私の事は気にするなと言われたら
絶対捨てられない。。と思う。。。。
これは結構多くの人に共通な心理だろうな。...... そんな事を考えていました。
___追悼文の彼女にはしっかり!幸せになって欲しい!♪