気ままな日々

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とっても心残りな女性(ひと)



ここしばらくは
前の話の繋がり繋がりで書いて来ました。思いがけない私自身の思い出話037.gifのトコロまで来て




ちょっと話を最初に戻そうと思います。063.gif



そもそもは

____とっても興味深かった女性(ひと)について書きたいと思った事が発端でした。



今回京都に集合する14名
本来ならば〈そのご夫妻も参加される筈だった〉という事でそれで書き始めた事でした。





なぜその女性との交流があったか?


彼女は
姪っ子の病気の時に力になってくれた夫の友人の奥さんでした。_058.gif


依頼やその後の事も夫がしてくれたのですが、

ましてやお礼は___
妹がもう感謝感謝「感謝しても仕切れない!」と言いつつさせていただいたのですが



一段落した頃、
私からも感謝の気持ちをお伝えしたい。。と電話をした時でした。
本人は不在で奥さんが電話口に




長~~~い電話でした。(電話の時には寝室に移動して掛けます) 


リビングに戻り、そのあまりの長さに驚いていた夫に




015.gif015.gif015.gif015.gif
_________「不思議な人だった~・・・005.gif と告げました。





夫 「どんな風に?」




私 「う~ん。。。とてもいい人である事は確か!
   ただ、いきなり真横にいたのよね。
   私の前にではなくてすぐ真横で、それにまずびっくりしてしまって。
   初めましてなのに、ずっと昔からの友達のように話す人だった~。」


   

夫 「彼女は・・大病院のお嬢さんだったからなぁ~。
   他人の悪意に触れずに生きてこれたのだろうなぁ。 
   警戒心を持つ必要のない環境にいた って事かな?

   誰かの事を天衣無縫って言う人もいるけど
   本物の天衣無縫は彼女のような人なんだろうね。

   だけど
   天衣無縫は素晴らしいことでもあり気持ち悪いことでもありだなぁ。

   だって、、縫い目の無い人間ってどんなだよ。」








大胆な部分と臆病な部分__両方を抱える私は・・・

無防備な彼女の天真爛漫な部分が、眩しくもあり羨ましくもありました。






有り難い事に彼女は友達になろうとしてくれましたが、



(これは階級とかではない)
段々畑の違う段にいる(ように当時は感じていました)
そんな2人・・無理はしない方がいい。そう思ってしまいました。




素直な人・人を疑わない人は
その人の描く青写真通りに周囲を判断してしまったり青写真通りの心の動きをしてしまったり。。
__________大変不遜ながら、当時はそんな風に思ってしまっていました。040.gif040.gif




当時も現在も
厄介な事に_ど~も私は、ちょっとの毒はある人の方が好きみたい_なのですよ011.gif






地続きではないように感じた女性(ひと)でしたが


あの彼女の他人との距離感のなさが
今ならば、心から貴重で、至極の賜物なのだと思えます。
とても愛すべきすばらしい女性なのだと心から思えます。




今は、、と~っても「お会いしたい~!♪」016.gif










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# by kimanba | 2016-02-24 10:38 | Comments(8)

あの時の言葉プレイバック



前回書いた事から_の繋がり話が続いていますが



今日は


面接で失敗した事での夫の言葉________

そもそも〈落とす事を考えている〉面接の趣旨ではないからね
相手は意地悪するのだから


これで思い出した私自身のずっと昔の話をちょっと012.gif



娘が幼稚園の年少さんの時(3歳)、
クラスも学年も違うのに、年中さんのお母さんで妙に気が合った人がいて
互いの家でティータイム063.gifをする事もしばしばありました。

(私は仕事柄井戸端会議をしていると思われる事を避ける為にもこういう事はしないようにしていたのですが
 彼女が転勤族で地の人間ではなかった事と
 話がとにかく面白くて、噂話ではない話で盛り上がっていました043.gif




で、、、、、、、、、

ある時びっくり!.....朝の全国ネットのモーニングショーの後に



地方局制作の生活情報番組
当時は2時間という大型番組として放送されていました。

男性局アナのトップ2人が月・水・金火・木とで分担しての放送でした。
その隣りには
アナウンサーの女性ではなく一般公募の奥さまアシスタント。
それに彼女が選ばれて038.gif038.gif038.gif



とにかく感じが良くて美人__選ばれるのは当たり前の人で045.gif


週3回の方を担当して


単にニコニコしているだけのアシスタントではなく、
アナウンサーの方とほとんど同じ位に喋り、ゲストの方々にインタビューしたり
お飾りではなくて(主婦目線のあれこれを番組自体が必要としていたからこそ!)



それまでは何気なく観ていた番組だけど別の観点から観ると
こんなに素人の主婦を主体にしてくれる番組だったのね。。
感心至極038.gif038.gif


TVの画面を観るのも楽しかったけど
あれこれ彼女の家で番組裏話を聞いたりするのも楽しくて
彼女の1年間の任期が終わりそうな頃(半年だったかな?記憶曖昧)



番組でも盛んに次の主婦MCの募集が流れていて、、039.gif039.gif




彼女もまたまた私を乗せる~

「kimanbaさん応募しなさい。あなたにぴったり!だと思うわよ。」と盛んに薦める





こうやってブログに書いたら

出たがり、派手好きと思われるだろうなぁと思いながら007.gif
(でも半分は当たっているなぁと思いながら037.gif書き進めますと



好奇心!___
これがでもでも一番で、やってみたくてたまらなくなり応募003.gif003.gif



それで、、
ここでやっと面接話に繋がるのですが


運よく、面接まで残していただいて、

あのいつもにこやかなTVでお馴染みのアナウンサーさんお二人を中央に
その他の方々総勢6人位の前へ


で、、、
履歴書には塾やっていると書いていたものでひょいと質問されたのが

「その間子供さん方はどうされているのですか?」 「ベビーシッターです。」





その時



私が素敵だなぁと思っていたアナウンサーの方が

「へぇぇ~。。お金持ちなんですね。」と、


からかうような言い方
(私には悪意を込めた言い方としか思えなかった。。)で仰ったのですよね。



まだ30ちょっとの私は頭の中が真っ白003.gif (あの方に言われたというショックも?037.gif



わあ。。うちはそんなんじゃないのに。。
ベビーシッターも慣れてしまっていたから気にならなかったけど
..............世間ではそう思うよね。
特異な形で来て貰っていたから雇えたのでそんなんじゃないのだけど。。




でもそれにしても、こんなからかうような言い方はひどいわ~


ムカッとして(私の直情型はいつも、どこででも!037.gif
そのアナウンサーに反論したのですよね。。多分しどろもどろだったという思い出しか037.gif

.............................睨みつけもしたなぁ。。003.gif




後でゆっくり考えたら

何が起こるか判らない生放送
いつもでもにこやかにいろいろな事柄に対応できる人を求めているのですから
あのからかうような言い方もテストだったのかも知れませんよね。。

___________________とっても納得の失格!037.gif






これまでの人との関わりで、あの時ああ言えばよかったな、と思う事がいくつかありますが



この分に関しても今なら

「決して豊かではないのですが
 自分も活かして子供も活かす方法を第一に考えた結果でした」


_____________________と、にこやかに答えられるのだけどね037.gif 


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# by kimanba | 2016-02-21 10:07 | Comments(12)

誠実さとアピール力



東大___の話になりましたから




東大初実施の推薦入試《塾生が選ばれたのですよ》と先日書きました。

県下で一番の東大合格者を出す学校で、
しかも学内選抜でたった1名という難関での選ばれ方だったもので喜びも大きかったのですが



残念な結果になりました...




選び方が指定校推薦と一緒だったもので期待していましたが、
 (指定校推薦の場合は余程の不祥事さえなければほぼ合格できます)




指定校推薦とは違うとは知ってはいても、後はセンターさえくぐり抜けたらと思っていましたが



どうやら、
東大が推薦入試で欲しい生徒は普通の優等生なのではないのだとハッキリ示された思いです。



彼は、
今年のセンター試験平均点過去最低だったにも関わらず92%も得点していました。
学力的には問題なし。







ただ.............................................. 面接で失敗したそうです。




面接官のある質問に、絶句してしまったそうです。





この事での夫の言葉が________


将来偉大な研究者になる人間ほど話は下手なんだけどね。
特に17、8歳では
気持ちが内側に入って行く_内省して行くそんな時期なのだから
言葉は結晶していくのだから 
まだ結晶していない時にぺらぺら喋れるものじゃない。

絶句するというのはそれだけ
その事柄に対しても、質問する相手に対しても、
そして自分自身に対しても正直、誠実なのに
............それを評価してあげればいいのだけれど、、ね。
だけれどもそれは_そもそも〈落とす事を考えている〉面接の趣旨ではないからね
相手は意地悪するのだから






実力は充分にある彼の入試の本番はこれからです!058.gif058.gif058.gif058.gif










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# by kimanba | 2016-02-18 09:55 | Comments(14)

空中ブランコ



前回の記事を書きながら、.....空中ブランコの事を考えていました。



決して順風満帆ではなかった娘の《来し方》を考える度に感慨無量です。
いつも娘に言う事が


「ホント!いつもいつもヒヤヒヤさせてくれて。。
 あなたの人生は_もうダメだ。_のギリギリのトコロでひょいとブランコが来るよね。」




    怠け者だけれどシャカシャカした私とは違って
    娘は____の~んびり!しているのですよ。娘時間。


    良く言えば、マイペースで丁寧
    悪く言えば、見ている方がイライラする位の時間概念の欠如?





例えば、博士号取得の時も・・・・・

博士号取得は学内だけでの判断では認められない点が大きな関門です。
海外の科学雑誌に掲載されて初めて対象になる。学内での選考の場を与えられます。



娘は(謙遜ではなく!)
能力としては同じ研究室の中でもほとんど一番下位に位置していたのに
他の優秀な人達がみんな博士号諦めて就職活動をして就職決まって行くのに
2つの事が1度には出来ないから就職活動もしないまま



だから


行く末も判らないまま___


「どうなるんだろうね。」
と母娘で不安を抱えていたのは
暮れも押し迫った12月28日頃だったと思います。



折悪しく、
担当の教授は海外の学会に行っていて(論文掲載連絡はまず教授にあり)


ところが、
論文チェックが趣味(?)の友人(以前の研究室で一緒だった)がいてくれて..その彼から


「掲載おめでとう」
の連絡入って



そこからもうバタバタバタ、、



__1月7日の学内選考に間に合ったという経緯でした。

就職先もないまま、卒業しちゃうか留年するかの瀬戸際でした。





空中ブランコ
は、

ブランコが振り切ったトコロ(もう後は落ちるしかないまさにその時)
新しいブランコが来てそこに移る。


私は運命論者だから、こういう風に人生を捉えたりしてしまいます。




なかなか結婚のブランコがやって来ない娘には

「あなたの場合はどん底でいつもブランコが来るんだから
 まだまだどん底じゃないんだろうね。」 
と言っていますが、、、







.............................遅いぞ!ブランコ037.gif037.gif037.gif








そうそう 
なぜ前回の記事と空中ブランコが繋がったかと言いますと




ちょっと、続きになってしまいますが


町医者として30年近く、、、と書きながら
看護師さんの奥さんと二人三脚で
連絡が入ればすぐ駆けつけるという汗だくでの取り組みの日々を観ながら
____________感慨深い気持ちになっていました。



東大医学部の出身なのですよね。
それがどうした_ではあるのですが。。。。



東大病院という医療の最前線で華々しく活躍。将来を嘱望された過去も持つ医師。
若くして自身が病に

その時にご自分の心と向き合われたり、出逢った患者の方々との会話の中から
(私などが想像できる範囲ではない事なのですが)


空中ブランコ

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天職とも言うべきこの道を選びとられた。。という事が大切なのだと思えます。




今回の京都へ移住した人も開業医と書きましたがやはり、東大医学部の出身です。

夫と一緒のサッカー部でしたが
この人は、
なんと! 同級生ではただひとり
高校3年生の秋までサッカー部辞めずに東大。しかも医学部合格ってかっこいい。058.gif



 ______すっぱり京都に移住に何だかとっても納得できるそんな人016.gif











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# by kimanba | 2016-02-15 10:40 | Comments(9)

あの時の選択



京都での友人達の集まりに出席する人の中に

NHK 仕事の流儀__1年半前に放送された人がいます。





在宅ホスピスの先駆者として
まだ在宅ホスピスの考え方がめずらしかった時代から30年近く


「人生の最後は自宅で穏やかに迎えたい」


末期がん患者の方々の切なる想いと向き合っての
昼夜なく往診に追われながらの
町医者としての日々の記録が1時間に凝縮された放送でした。




観ながら、、、、、私は母の事を考えていました。


スキル癌だった母は_発見された時にはもう手術も無理だと言われた末期癌患者でした。

(元気過ぎて病院と縁がなかったからこそ母は
 身内に癌が多かった事から用心して6ヶ月に1回がん検診を受けていたのにでした)




妹はすぐに
「最近ホスピスというのがあるらしい。。苦しませたくない。」と言いました。


私は____________
「やるだけやってみよう」と言いました。




最終的には母が選択して積極治療が開始されました。

がんセンターに入院して最後まで治療していただきましたが
発見からちょうど6ヶ月後に亡くなりました。



あの時の自分の判断・・・・

治療はやはり壮絶でした。
あんなにも母を苦しませなければ良かったという悔いが私の中には残っています。


もし
今現在、自分の身に同じ事が起こったら
絶対治療はせずに痛みを徹底的に取って貰いたい

____________そうお願いすると決めています。夫にも言っています。




どうして闘わせてしまったのだろう。。という悔いが深く残っています。
と書く一方で
あれは、あれで良かった_という気持ちもあります。


私に似て(ホントは私が母に似てなのですが)
見栄っ張りで勝気だった母には_
最高の治療を受けたというその事実も大切だっただろうな、、と



婿(私の夫の事です)が奔走して
最高の治療の場を用意してくれた事がうれしかったようで、友人達に自慢していたそうです。
(聞く方にしたら、リアクションに困ったでしょうがね)



とにかく友人が多い人でしたが
見舞いもひっきりなしだった最初の頃はともかく、
途中からは
痩せた自分を晒すのがイヤで見舞い固辞の通達をみんなに送って貰って
見栄っ張りで勝気___そのままで
最期まで母らしくの選択でした。




仕事の流儀の中で記憶に残った言葉が____

「人間というのは、最期のその時までいろんな希望を持つことができる存在なのだと。
 そういう人間理解が僕の根本にある。」








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# by kimanba | 2016-02-11 14:44 | Comments(27)