千葉敦子さんってご存知ですか?
もうずい分昔、30年以上前の事になりますが、
若くして乳がんを発症され、そもそもがジャーナリストだった方だから
その治療を同時平行して書き綴り世の中に発信し続けた方です。
千葉敦子さんは
乳がんと闘った記録を多数発信、たくさんの著書があります。
ずっと書き続け亡くなる間際まで出版し続けた方でした。。
年齢は私よりもずっと上の方でしたが
同時代を生きていましたから
私はかなりたくさん読んでいたと思います。。
何かに連載していらっしゃったのかも知れません。
抗がん剤治療でのやるせないだるさとか、
リアルタイムでの発信みたいなそんな文章でした。
ただ、私が読み続けたのは
単に闘病日記というだけではなかったからでした。
その生き方、
様々な事柄に対する姿勢とか、
考え方生き方が好きだった共鳴したから__だったように思います。
(今現在読んだらまた違った印象かも知れませんが)もう30年以上も昔に読んだ本なもので、
よくは覚えていない為にこんな風な曖昧な書き方しか出来ずなのですが
なぜ今ここに
千葉敦子さんの話を始はじめたかと言うと
先日かいつまんで書いた今回の我が家での顛末。
病と向き合う日々が始まると覚悟した時に、
ブログやってて良かった。。と思ったからでした。
その時に
千葉敦子さんの事を思い出していました。
千葉さんの本読みながら思った事で、今でもハッキリと覚えている事が
「なぜ私が?」であっただろう千葉敦子さんにとって
病と闘わざるを得なかった肉体だけでない精神的な苦しさの中
本を通じて沢山の人に
自分がどういう日々を送り何を考えているのかを読んで貰える事知って貰える事が
千葉さんが頑張れる原動力かも知れないな‥と思いながら読んだ事でした。書く場を持っていらっしゃって良かったなと思いました。
でも今は
普通の人間にとって世の中に発信する手段なんて何もないあの時代と違って
今はブログがあります。
家族で病と向き合う日々が始まると思った時
私もここで、辛い想いを書いて行こう聞いて貰おうと思いました。
書くだけで気持ちが落ち着く事って私の場合は多いです。
私が_これまでの人生で一番辛い気持ちで過ごしていた時期
福岡の伯母に毎日毎日はがきを書き続けていた事は以前に書いたと思います。
何の事はない文章、日々の暮らし家族の様子を書き綴っただけのはがきでしたが
あれは、私の気持ちをずい分救ってくれました。
2年近く続いて、書く事が私の精神安定剤でした。苦しかった心が開放されて行きました。
病の当の本人にも!
私のブログに書く事を勧めようと思っていました。
ブログという窓を通して世間に発信する事で
自分だけで抱え込んでいるものがまた違ったものになる事だけは確かで
千葉敦子さんはまるでブログのように日々を綴っていらっしゃったなと思い出します。