気ままな日々

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2018年 05月 03日 ( 1 )

感じた風の通りすすむ



説明不足でしたので昨日の補足です。


お便り下さった北陸のCさんは中欧ヨーロッパの旅でご一緒したこの方

我が街にも遊びに来てくださった
の方です。とっても素敵な方です♪



彼女の便りがキッカケで
お蔭で躊躇していた我が家の病話を大まかには書く事ができました。
そして、
詳しい病の話はまた日を改めてと思っていましたが、



昨日の記事分のCさん_勢いで書いたがゆえに言葉足らずで
「これでは誰だか判らなかったな」と反省しての彼女の説明
追加記事を書いた今

ここで別の話を書くよりも、このタイミングでの今の方がいいかなとこの勢いで書く事にしました。
今日は夕方から仕事あって、この狭間の時間に勢いで書く事にしました。



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病の時

それぞれの家の、それぞれの考え方がありますから一概には言えませんが




今回お世話になった先生方
よおくして下さいました。
感謝し切れない位よくしていただきました。

優秀で心配りも行き届いた素晴らしいっ先生方ではありましたが
やはり医師たるもの
安全にも安全を第一に考えられるものなのだ_を改めて知りました。

勿論!当然の事なのです。

命を何よりも優先して決して危険は冒さない。
医者たるものそうでないといけない!当然の事です。


でも、、、
あまりに用心深い体制は
用心深すぎると患者への負担が大き過ぎる。。という事にもなりかねず


今回
我が家(って、私の判断?)

怖かったけど、思い切って医師団の方針とは違う道を選択しました。




この選択には妹の話が参考になっていました。



仲良しで面白い妹の話

ここ数年_書きませんでした。
彼女の話がなかなか出なかった事には訳がありました。
年に数回は行っていた妹の家に行かなかったのにも訳がありました。


実は数年前、50代なのに妹ガンになってしまいました。
母も50代でしたから私も!と覚悟はしていたのですが、妹の方が罹患してしまって
「絶対回復するから、今の姿は見せたくない」
妹の尊厳の為にも妹の気持ちに従いました。



闘病は
実は抗がん治療の苦しさとの闘いだったと言います。

「このままでは癌で死ぬのではなく治療で弱った身体のせいで死にそうだ。」


それで、、、
「抗がん治療止めたら死にますよ」と言う医師の言葉に逆らって
一切の抗がん治療を拒否して、病院から逃げ出した。勝手に退院。


先生と大喧嘩の末に強制退院して___だったのです。


勿論癌は 今も身体には残っていて、余命宣告も受けているのだけど


でも、、、、、、、、、、、、、、妹とっても元気で
今 
妹、仕事もしていますし
一緒に旅行しても食欲旺盛でどこから見ても病人ではない。
「人間らしく生きるのが一番!」
これが妹の出した結論。



今回の我が家族の手術で
医師団の結論は腫瘍のある臓器は臓器ごと摘出でした。



中途半端な摘出手術にしたら癌細胞が飛び散ってしまうからという事でした。
その時は
90%が悪性腫瘍の可能性だったのですから無理もありません。






でも、手術前日にちょっとお話しした医長先生、、、、

これは私の勘なのですが、
他の先生との温度差としか言いようがない温度差


主治医の先生始め教授もみなさん10人体制で臨んでくださったこの病
この医長先生は
私の性格に似ていらっしゃってギリギリの線を提示される方のようで

癌ではないようにも思うのだよね
_______こんな風な雰囲気を出して下さって

明らかに他の先生方との温度差を感じたのです。




妹と話したら
医者はいちかばちかの危険な賭けはしない。用心深いに決まっている。
そんな事をされたのでは普通の人達にとっては堪ったものではないからね。



そうなのよ。そうなのよ。その通り
いろいろな人がいるのだから
いつも訴訟と隣り合わせが医師の判断

危険は絶対冒せない。とっても正しい対処をしていただいていたのです。.......



でも


私は、ここで臓器を取ってしまったら
勿論命が大切ではあっても、臓器が無くなる事に対しての不具合
その後薬を飲み続けるとか
いろいろな弊害があるに決まっていて



手術前日だったのですが 

思い切って臓器は残すをお願いしました。悔いが残らないように。


当然、、
夜遅くまで先生方からの説得ありました。ついには

「何があっても責任は問いませんの一筆書いたらやっていただけますか。」


....................................

勿論怖かったです。私が責任負えるものではないけれど

もしもの結果になってしまったら
考えるとその夜は眠れませんでした。



でも
もしも幸いにも良性腫瘍なのだったら、
取ってしまった臓器_その事で後悔に苦しむ方が私には辛いと思い

あの先生は良性だと判断している。
他の先生は用心して良性の可能性を呑み込んでいる..に違いない


それに賭ける事にしたのです。



結果は___感謝感謝でした。


お蔭で、身体への負担がほとんどない形でしたから
入院も5日で済んでその後は何事もなく、薬も飲まず

あれは一体何だったのだろう。。での今なのです。













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by kimanba | 2018-05-03 14:44 | Trackback | Comments(2)